Aug 17, 2010

決め手

何故私は社会に復帰できたのであろう。
今でも時々考える。
飲み歩くことがなくなったからだろうか。それは一要因ではあると思う。
薬によってだろうか。それも違うと思う。
薬は復帰するためのベースを作ってくれるのであって、それだけでは社会復帰はできなかったと思う。

エビリファイとアナフラニールで体調的にはよくなってきていた頃。それでもまともに勤務せずに週に2、3日、それも午後から出勤していた。それまでの惰性である。
これを断ち切ることができなかった。

そのときにある人から強く叱咤激励を受けたのである。
うつ病に厳禁と言われる「がんばれ!」である。
その翌日からきちんと勤務できるようになった。
このときの私はもうがんばれるだけの体調は備わっていたのである。
最後の一押し。
そんな感じの言葉であった。

だから、そんなもう一息というところにある人たちにあえて言いたい。
がんばれ、と。
あなたはもうがんばれるのだから。

また、しばらく、さようなら。

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Aug 15, 2010

それでも飲みますか?

私は酒飲みである。

ここで白状するが、病気の間も酒に逃げていた。
地獄のようなうつの中でも、夜が来る頃には気分もましになった。
毎日バーに出没しては常連の飲み仲間と酒を酌み交わす。
朝まで飲むこともあった。
翌日がどうなるかは推して知るべしというところである。
体調は低空飛行を続けることになる。
これがよいことだろうか?

ある日、ついに毎日飲み歩くのをやめることにした。

その日を境に体調はみるみる回復していった。
身体的な体調もそうなのだが、精神的な体調も併せてよくなっていった。
薬がよく入っていってくれる感じであった。
このタイミングでアナフラニールとエビリファイに出会えたのも幸福であった。

すべての躁うつ病と闘っている人に伝えたい。
アルコールは間違いなくマイナスであると。

アル中でない限り断酒まではする必要はないと思うのだが、毎日痛飲を繰り返すような行為は間違いなく回復を遅らせるのである。

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Aug 13, 2010

整理整頓

実は今年になって元々勤めていた会社はなくなってしまった。
吸収合併により親会社に吸い込まれてしまったのである。
これは実質的に親会社による人員整理である。
親会社に異動になったのは3分の1で残りは退職となった。
私は親会社に異動となった。
これが幸いなのかはしばらくたってみないとわからない。

復職時に会社側として対応していた人も逆に退職となってしまったようだ。

今のご時世は一寸先は闇である。

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Aug 11, 2010

幸と不幸

再婚した。別の人とである。
また息子を得た。
今は1歳の息子に絵本を読んでやることが日課になっている。
子供を育てる環境を整えるために自宅を購入した。
手帳を持っているため普通の銀行系の融資は受けられなかった。
新規に生命保険に入れないことが原因のようだった。
結局、旧住宅金融公庫でローンを組むことができた。

子供を失い。妻を失い。職まで失いそうになっていた当時から考えると、まるで夢の中にいるようである。
生きてみるものである。
その先にはいいこともある。

もちろん悪いこともある。実際に去年は父と祖母をなくした。
人生の総和をとると限りなく0に近づくのでないかと思うのである。

それが偏ってしまう時期がある。
病気の時期とあってしまったのが不幸ではあったかもしれない。
ただ病気がひどかった数年間は私にとって財産である。
このことも確かであるので、最終的にそれが不幸であったかは、これはもう死んでみないとわからないのだろう。

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Aug 09, 2010

電源を引っこ抜く

仕事は普通にこなしている。
ここで「絶好調」などの言葉が出てくると、やばいのであるが、「そこそこ」、「うまく」、こなしている。
実際に2007年5月頃安定してから今まで、うつからくる症状による欠勤は数日というところである。
少しずつ専門分野の勉強会などに出られるようになってきているので、順調な仕上がりではないだろうか。
いつ軽躁の悪夢がくるかわからないのだが、薬のおかげだろうか、うまくいなせている感じではある。

日々の仕事の中で躁うつ病を意識する場面はまれである。
その場面とは「もう少しやってしまって今日中に仕上げよう」とか、目標を高く設定しすぎるときとか、そういうときにストップをかける必要があるケースである。
この発想が出てきてしまったときは、できるだけ早く気づいて、電源を引っこ抜くように仕事をやめるようにしている。
私にはそういうスイッチが入ってしまう習性があることは、自分自身にいつも言い聞かせている。

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Aug 07, 2010

一歩先にある闇

薬は飲み続けている。

最終的に以下の通りである。

テグレトール400mg
エビリファイ6mg

睡眠薬は飲んでいない。

2009年のはじめにアナフラニールを切り、春には睡眠薬を切ることができた。

テグレトールとエビリファイも夏頃にやめてみたのだが、著しく気分が落ち込んだので慌てて元に戻した。
平均台を踏み外したかのように、また落ちて行ってしまうのかと怯えた。
明るい場所を普通に歩いているとすぐに忘れてしまうのだが、まだまだ一瞬先は闇なのである。
その闇はどす黒く、深い。底なし沼のようにもがけばもがくほど沈んでいくのである。
このことでテグレトールとエビリファイは、私には絶対必要であることがわかった。

もう普通に生活している今でも、私は躁うつ病者なのである。

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Aug 06, 2010

2年分の事柄

本当にいろいろなことがあった。

病気から復活して元気に生活している一例として、また経過報告として、一連のエントリをアップすることにする。

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Mar 06, 2008

ある光

いまだ欠勤なしのまま出勤を続けている。もう11ヶ月になる。

薬もアナフラニール中心のまま量も変わっていない。エビリファイとの組み合わせは良好だ。 上がりすぎないのはテグレトールが効いてるのであろう。 睡眠薬はアモバン一粒だけになっている。

薬は飲み続けている。しかし、コントロールできている。

そう。躁うつ病は安定させられるのである。

いまや一寸先は闇という恐怖におびえることもない。抜かりは禁物であるのはいうまでもないが。

ここに、ある光。

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Sep 04, 2007

私のマティーニ確定

ようやくそのときがきた。

合う抗うつ薬が見つかったのである。最初は半信半疑であったが数ヶ月が過ぎた今は確信できる。その薬はアナフラニールだった。こんなベーシックなところに答えが埋まっているとは考えもしなかった。それなのにたどり着くまで4年間もかかったのである。費やした歳月を思うとやりきれない思いさえある。

実際にはアナフラニールだけではなく、エビリファイとのコンボが決まっている感じがする。そう考えると多少は気が晴れるか。

ここ5ヶ月の処方量は以下の通りである。

テグレトール600mg
エビリファイ6mg
アナフラニール150mg
睡眠薬は
サイレース0.5mg
アモバン7.5mg

睡眠薬は最近飲まないことが多い。よい傾向である。このまま安定が続いてくれれば寛解ということになれるのではないかと思っている。

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Aug 22, 2007

寄り道

抗うつ薬に絶望感を感じていた私は甲状腺ホルモンにかけた。甲状腺ホルモンが低下するとうつの症状が出るそうでチラージンという人工の甲状腺の粉末を摂取することで補完しようというのが目的であった。

甲状腺ホルモンの状態は血液検査によってモニタすることができるのだが、どうもただそれに振り回されているだけで実効がないというのが実感であった。あう人もいるのかもしれないが、私には合う方法ではなかった。これで二月分の時間を浪費してしまった。

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«アモキサンという理想